母になっても言いたいことやまやまです

ブログ「言いたいことやまやまです」著者のやままが母になってからの日常を綴ります

2024年3月第4週/2歳1か月

散歩中に見つけたドミノピザ広告。「?」しか浮かばない迷コピー。

 

3月25日(月)小児科に行く

前日から娘は平熱に戻っているものの、食欲はいまいち。

午前中は小児科に行き、咳止めの薬をもらってひと安心だ。

 

近所の小児科に行く、これだけのことで1時間半くらいかかる。

平日でこうなんだから、ワーママさん・パパさんは本当に大変。

でも私も必死で大変。比べない、卑屈にならない。

 

病院からの帰宅後、娘は昼寝する様子もなく遊んでいるので、小雨のタイミングでベビーカー散歩をすることにした。

気分転換になるとよい……と思ったらベビーカーで思いきり眠っていた。それはそれでいいか。

 

私もずっとマンツーマン対応で疲れたので、マクドナルドで休憩。

アプリのモバイルオーダーだと塩抜きポテトが頼めない(そういうカスタマイズが表示されない)のに、店内のタッチパネルだと容易くカスタマイズできる不思議。

「塩少なめ」の設定までできる。今度やってみる。

 

あとのことは覚えていない。

 

3月26日(火)うーたん卒業公演

大雨ということもあり、病児(病み上がり児?)と1日中、家で過ごすことになった。

 

まあとにかくもう、ひたすらに「おかあちゃんだっこゥ」と言い続けられ、さすがにうんざりした。

ノイキャンイヤホンの「外の音も拾うモード(!)」でラジオを聴き、気持ちを紛らせながら対応。

お絵かき、ままごと、パズル、積み重ねカップ、寿司カード……ねだられては数分で「おしまい」だからたまらない。

 

夜泣きもあったのだ。おかげさまでこちらもあまり眠られておらず、しかも連日、眼の前で咳を食らっているせいか私の喉も痛み始めている。

 

たまたま付けたEテレは「いないいないばあっ!」のコンサートだった。

うーたんが巨大化したかと思えば宇宙服になっており、宇宙に行くのでサヨナラとのこと。綾波レイなのか前澤友作なのか、答えはシン・うーたんのみぞ知る。

ネタかと思いきや、本当に「卒業」らしい。

 

絵本をもっと読むんだとゴネる娘をなんとかなだめながら(読み聞かせは喉がしんどい!)、なんとか寝かしつけた。

親、とりわけ扶養されている主婦が言うことではないのだけど、頭の先から爪先まで「やってらんねえよ」の気持ちでみっちりである。

勢いで金麦を飲む。うちには石原さとみはおらん、鬼婆がその空席を埋めとるわい。

 

明日は一時保育の日。

さらなる大事をとってキャンセルしてもよかったのだけれど、熱もないし、家だとつまらなそうだし、私も気持ちが限界なので預けることにした。

長らく一緒に居てしまったので、明日は別れるとき泣かれそうだなあ。

数日間ろくに遊べなかったぶん、たくさん遊んできてほしい。私もやること山積だ。

 

3月27日(水)保育園呼び出し、寝室を分けて思うこと

念願の!一時保育の日。

少し娘の咳が増えた気もするが、熱はないし元気だし薬もちゃんと飲ませてるし、と思って保育園に連れて行く。

久々に遊べるのがうれしいのか、泣くどころか手を振られる始末だった。成長!

 

安堵しながら帰宅し、やることリストを順番にやっつけている最中に保育園から電話。「ああ……」となる。

聞けば、朝は元気に遊んでいたのに給食をまったく食べず、熱を測ったら38℃あるとのこと。そこまで熱が上がるとは。

 

慌てて保育園に迎えに行く道すがら、朝の咳を聞いてなんとなく胸がざわついたのに、自分の都合を優先したことに罪悪感を覚えた。

「大丈夫」と言い聞かせていたな、と振り返る。いつまで経っても自己中。娘よりも自分。情けない。

 

保健室で過ごしていた娘は、身体が熱いことを除けばすこぶる元気そうだった。

満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる様子を見て切なくなる。

先生方は、迷惑そうにするどころか(相手はプロだから本心はわからないけれど)心配してくださって、それが救いだった。

 

夫は昨日から寝床を隔離している。

こういうとき、心底ベッドを手放してよかったと思う。

www.yamama48.com

 

私と娘はリビングルームに敷いた布団でテレビを見ることにした。そのまま昼寝してくれるといい。

しばらく布団でワーワー遊んでいた娘は、1時間ほどで眠った。やはり体力を消耗しているんだなあ。

 

産後も数ヶ月は夫がひとりで寝室で眠り、我々はリビングで布団生活をしたものだ。

当時は夜泣きから、いまは風邪から、夫を守っている。

家族総倒れはいちばん効率が悪い。

稼ぎ頭、というか唯一の稼ぎ手を生き残さずしてどうするか。

 

しかし2年前もいまも、私の心はチクンと痛むのである。

理屈はわかっている、効率の良いことをしている、だからとりわけ礼を言われることはない、お互いに納得して決めた方法だ。

でもどうしても、「私は犠牲になってもいい人間なんだ」という、本当にしょうもなくておいしくもおもしろくもない考えが脳裏をよぎる。

 

2年前と変わったことといえば、夫にそこで礼を強要しなくなったことだろうか。

言わせて出てくる礼など礼ではない。それを浴びてもまったく心が満ちない。

だからもう、これは自分の「仕事」と割り切り、「報酬」に想いを馳せたほうが生産的である。

 

今回の私の報酬はボトックスにした。何万飛んでいくやら。しかし時給換算すりゃそのくらいいくだろ。

「主婦の仕事を時給換算すると」という話題はおもしろくない(換算したところで、たいていのことは変わらない)ので好きではない。

が、自分の豪遊に対し、自分で許可を出すためのネタとしては有効。

 

3月28日(木)風邪がうつって気持ちが弱る

 

回復しているとはいえ本調子ではないので、せっかくの晴天だが児童館や公園に連れて行くのは気が引けた。

ベビーカーに乗せて買い出しに付き合わせる程度で、あとはひたすらテレビなど。

 

私は数年間「仕事の現場」から離れているから即戦力にはならないし、はて、40歳の無スキルな私に仕事はまわってくるんだろうか。

吉野家のカウンターのなかを居場所にするのは最後の手段にしたい。

 

……などと、心が弱っている。

たぶん風邪をうつされたからだろう。喉が痛い。しんどい。立派な社会人になりてェ~

 

3月29日(金)子ども、話しかけられがち

一時保育の予定だったがキャンセルしてしまった。娘は元気。おいおーーーーい!

しかし外は雨、強風。もしかして、保育園に送り届けずに済んだのはラッキーだったのかもしれないな……。

 

ちいかわのコミックを出してきて娘と一緒に読んだり、録画がたまりまくっているEテレ番組を消化したり。

雨がやんできたので少し散歩に出るかと支度して、外に出た途端、ふたたびの雨。おいおーーーーーい!

 

娘が不機嫌になってきて、昼寝させようとするもうまくいかず。

ためしに玄関内に置きっぱなしのベビーカー乗せて少し離れてみたら昼寝してくれた。

これまでは動いているベビーカーの上じゃないと寝なかったのに……子どもを中心にしたルーティンは、もって2か月というところかなあ。

ベビーカーで寝る娘、諸行無常の音がする。おならプー。

 

また晴れてきたので昼寝後に公園へ。

水たまりでバチャバチャやらず、そっと落ち葉を浮かべて遊ぶ娘、かわいい。

そこに知らないオッサン(on the ボロボロ bicycle)がやって来て、「おう、水たまりに思いきり飛び込んでみな。お母さん喜ぶぞ~」と、声をかけてくる。

おもしろくもなんともないので、娘をすぐに抱きかかえられる距離に移動しつつスルー。

こんなことで鈍器や刃物を振りかざされたらたまらない。

なら愛想笑いでもしておけばいいのだが、それで調子に乗って絡まれるのもごめんである。

 

余談だが、私は性根が腐った人間なので、ろくな理由もなくこちらの返答が必要になる話しかけをしてくる知らない人は苦手だ。

子どもと過ごすようになって、知らない人から声をかけられることがとても増えた。

最初のうちは対応していたが、「しらんがな」の一言を浴びせたくなるような雑談に広げられることも少なくない。

「私の時間を奪っている自覚のなさ」を厚かましく、苛立たしく思うようになってしまった。

エレベーターに乗り合わせたとき、移動中のちょっとしたときなど、ほんの一言二言交わすようなやりとりならもちろんウェルカム。(私も声をかけてしまうことがある。)

「ぐいぐい来る上に自分の話ばっかりで、礼もない、というか”話し相手になってあげている”と思っていそう」なタイプは本当に嫌。

電車内などで娘をかわいいと言ってあやしてくれるのはありがたいのだが、あんまりいつまでも話しかけられるとやっぱりキツイ。

先日もおばあさんに長々と話しかけられてしまい、まいった。

相手は年長者なのでいちおう去り際に「ありがとうございました」と述べたところ「いいのよ!私、子ども大好きなの!」とのことで、「なにが”いいのよ”じゃ!!!」とイラッときてしまう自分がいた。

道を訪ねてくる人(私調べでは老人に多い)にもその手のタイプがいる。

彼らに冷たい自分は悪人だ、どうしたら心を入れ替えられるのだろうと悩んだこともあるが、こんなことは悪事としてカウントしないことにした。

 

でもまあ、70,80にもなると孫がいない限りはフレッシュな生命体と触れ合う機会なんてないわけだし、ボランティアと割り切って対応したほうが地球のためなのかなあ……。

 

3月30日(土)またボトックス

朝は娘の英語教室。

だいぶ暖かかったので、帰りに公園でお弁当を食べさせる。

ちいかわウインナーとセブンイレブンのおにぎりしか食べてくれない。

せっかくアンパンマンポテト入れたのに……と残飯処理に取り掛かって気づいたのだけれど、自然解凍だと全然おいしくない。もそもそ。

自然解凍OKと書かれていた冷凍カボチャも全然おいしくなかった。

娘が正しかったのか。

 

夫は私用で終日外出。午後はシッターさんが来てくれることになり、公園で思いきり遊んでもらうことに。

その間、私はまたボトックスを打ちに行った。

とにかく食いしばりがきつく、歯にヒビも入っている。

エラボトックスで緩和できるとのことでお願いしてみた。ついでに顎も。口をすぼめると顎に梅干しジワができてしまうため。

 

少しの時間、娘と離れただけでだいぶリフレッシュ。

娘のことは本当にかわいいと思う。だけど24時間ずっといっしょが続くとやっぱり辛い。

少し預けただけで、楽しく寝かしつけができた。

 

寝かしつけの際に読んでくれとせがまれた本は4コママンガだった。これもまあ、確かに絵本か……。

たまにバカ受けしてくれて、それはそれで読み甲斐があるというもの。

なにがおもしろいのかはよくわからない。

3月31日(日)知らない人が助けてくれた

風邪っぴきの娘と1週間よく過ごしたということで、夫より「日曜日は休んで!」と前々から言われていたのだけれど、春休みかつ花見シーズンとなると、近所の公園ですら迂闊に行けなくなってしまう。

結局は自宅で過ごしたり、少し遠くにあるスーパーに買い出しに行ったりということで、いつもどおりの日曜日。「休む」もなにも……。

しかし「ワンオペではない」というのはずいぶん心の負担が軽くなる。

もちろん「思い通りのやり方ではない」というイライラも発生するけれど、大人が1人いるだけで気持ちの余裕が生まれ、娘を素直に「かわいいな~」と思い、声に出し、ふれあう時間ができる。

 

スーパーの帰り道、荷物が増えたのでバスに乗ることにした。

中盤ごろに娘が急に不機嫌になり、おやつを食べたいと喚きだして大変困った。

いちおうおやつは持っているけれど、車内で食べさせるのはどうかと思う。

こういうときに限ってスマホの電池もほぼなく、アンパンマンのミニ絵本も自宅に置いてきてしまった。

喋ったり外の景色を指さしたりしながらなんとか持たせようとするも、声は大きくなるばかり。

ああ困った、ご迷惑になる……とうんざりしていたら、近くの席の男性がスッとスマホでYouTubeを娘に見せてくれた。

なんの映像かはよくわからなかったけれど、なにかのMVのようだった。

突然のことに娘もびっくりしながら、それでも泣き止んで画面を凝視。

もしかしたら男性のことを見つめていたのかもしれない。

 

男性はというと「お母さんに抱っこしてもらいたいんだよね」と一言述べるだけで、こちらが礼を言っても笑顔を返してくれるのみ。

我々が先に降りるという段になって「バイバイ」と言いながら手を振ってくれた。

コミュニケーションはこれだけである。

 

なんというか、私は心打たれてしまって、とにかくその魂がかっこいいと思った。

私なんて同じ場面に居合わせてもロクなことができない。

彼と同じようにスマホを見せようと思いつくことはできても、「いや、相手のお母さんが ”YouTubeは見せないようにしているのに、余計なお世話だわ” なんて思うかもしれないし……」と尻込みしてしまうだろう。

 

でもそうやって悩んでいたら、誰も何も助けられないことだけは確定してしまうんだよなあ。

相手のお母さんがアンチYouTubeだとしても、「なにか一助になろうとした」という気持ちは伝わるはず。

なんなら、伝わらなくてもいいのかもしれない。自分が自分に「よくやった」という声をかけられるだけで価値があるのかも。

もうちょっとおせっかいしていってもいいのかな。

でも絶対に厚かましくはなりたくない。

おせっかいのタイミングで自分語りしたらアウトだわ。気をつける。