- 4月8日(月)39歳になったので眉サロン初体験
- 4月9日(火)ベビーカーのレインカバーを紛失して外に出られない
- 4月10日(水)フリマアプリで不良品を買ってしまった
- 4月11日(木)むすめかわいい
- 4月12日(金)突然の雨、渋々タクシー、娘大喜び
- 4月13日(土)胃も39歳なんだなあ
- 4月14日(日)人生哲学
4月8日(月)39歳になったので眉サロン初体験
わたしの誕生日。
夫はプレゼントがあまり得意ではなく、基本的に「私に欲しいものを尋ね、それを買う」スタイル。
今年は、超多忙であるにもかかわらずまるっと1日代休を取ってくれ、おそらく今年最後(明日は雨風がひどそう)のお花見を家族3人で楽しむことができた。
私は花より男子で、絶景などを見てもあまり感動しないのだけれど、終始娘が楽しそうな様子でうれしかった。本当にうれしかった。
ここ数年の中でいちばんのプレゼントだったな、と思う。
午後は、あらかじめお願いしていた眉サロンに行かせてもらう。
「眉ワックス」というやつで、人生初体験である。
この日のために2週間ほど眉を生やしっぱなしにしていた。
最初にデザインを決めてもらい、余分な毛をワックスで除去。相場は6000円前後?
少し描けばしっかりした眉になるようにしてくれて、想像していたよりもずっとよい体験だった。
来年も、誕生日プレゼントは何がいいかを聞かれたら「代休とって」と返答することにする。
4月9日(火)ベビーカーのレインカバーを紛失して外に出られない
大雨、強風。
午後に娘の習い事がある。行きたくねー。
でも朝の支度をしているうちに「アトラクションのひとつと思って行くか」と決意固まる。
ベビーカーにレインカバーをかけておこうとしたところ、いつもしまっているところに無い。
あまり小さくたためない仕様なので、間違って捨てるなどはありえない。
少なくとも、午後の予定までに「おやこんなところにあった」といった具合には出てこないのは確定。
慌てて欠席連絡を入れた。まだ長靴がないので外を歩かせるわけにもいかない。
先週どこかに置き忘れただろうか。
Googleカレンダーを手繰って、持ち歩いていそうなところに片っ端から電話。
免許更新した警察、その移動に使った東京メトロ、家庭支援センター。
最後の最後に一時保育先の保育園に電話したら、すぐさま「ありますよ!」とのこと。
我が家のベビーカーはヘンテコな形をしており、なにかと純正のものを買わないと使い心地が悪い。
レインカバーなど最たるもので、2歳2か月という、ベビーカー卒業も視野に入っている歳で新調するなんて絶対に避けたかった。それを免れることができてよかった。
習い事、月に1回しか振替を受けられない。
今月の残りレッスン日に娘が健康であることを祈るばかり。私もな。
4月10日(水)フリマアプリで不良品を買ってしまった
一時保育の日。預けて打ち合わせなど。
打ち合わせ相手はママさんで、4人兄弟と3人兄弟を育てているとのことで頭が上がらない。
まだ下の子は年少さんと言っていたので……どうやって日々を回しているんだ……?
フリマアプリで購入した、念願の骨伝導イヤホンが到着。
これで明日からの娘との日々が捗る!!
大喜びで開けたら超美品。いい買い物した。
さっそく充電し、電源を入れる。ペアリングする。
……ペアリング、できない。
一向にペアリングモードにならず、トラブルシューティングを見ても、そのような事象は前例があまりないのか記載がない。
出品者に問い合わせ、穏やかに返品することが決まる。
お互いに喧嘩腰ではないので実にスムーズに事が進む。何事もこうでありたい。
代替機を再びアプリで探す。
いいなと思った商品、念のためコメント欄も見てみると、他の購入検討者から質問が来ていて、そこへの回答はしているものの、回答への礼がないことに腹を立てたようで、「ありがとうくらい言えというコメントが続けて投稿されていた。
よし、これは買わない。
私はそうとう短気だと自負しているが、さすがにここまでではない。この人、生きづらいだろうなあ。
4月11日(木)むすめかわいい
娘はアニメ『ペッパピッグ』が大好き。
アンパンマン玩具の謎動画と違い、私もこのアニメが好きなのでありがたい。
どうもペッパをきっかけに「ピッグ愛」が生まれてきている様子で、TBSのブーナちゃんを観てもよろこぶほどである。
我が家にはプーさんの相棒ピグレットのクッションがある。
しまいこんでいたのだけれど、最近娘がその存在を発見し、大のお気に入りになってしまった。
「ピグレットだよ」といちおうご紹介したものの、「ブータちゃん」と呼ばれてしまう。
そんなこんなしながら、午前中は自治体のサークルが運営している子育て相談会に参加。
子育てにおける悩み事、正直言ってない。悩みは自分のことばっかりだ。
大人との接点が恋しくて参加してみた。
子どもともたくさん遊んでいただき、地元幼稚園の情報をいただいたり、リユース服を持ち帰れたり、なかなかに有意義なひとときとなる。なんでも行ってみるもんだ。
寝かしつけの際、おもしろいことを喋っていたのでビデオに撮ろうとしたら誤ってフラッシュ発光。
煌々と輝くフラッシュに娘は興味を示し、近寄ってきて、「ハッピバースデー、フー!消えないねえ」とのこと。ろうそくに似ていると思ったらしい。子どもの見え方はおもしろい。
娘の口癖のひとつが「まいっか!」
— やまま(娘は2歳1か月) (@yamama48) April 11, 2024
そう、たいていのことは「まいっか!」だ。このまま育て!
4月12日(金)突然の雨、渋々タクシー、娘大喜び
朝は相変わらずEテレ三昧。
テレビを見せながら朝食をとらせるのは悪いことだとは思わない。
しかし最近やたらと「ゆういちろう抱っこしたァ~い!」と言うのはどうかと思う。
私が寝言で言ったのだろうか?
午前中は月イチのベビーサイン教室。
おおいに楽しみ、さあどこかの公園で弁当を食べさせて遊ぼうかなと外に出てみたらけっこうな雨でがっかり。
傘もレインカバーもないので、渋々タクシーを呼ぶことに。高けえええ~
午後は公園へ。
なぜか海外からの観光客と思しき方々で賑わっていた。
娘が滑り台を滑ろうとしているところで、逆走して登ってくる少年。
「あっ」と声をあげてしまったものの、娘と鉢合えば引き返すだろうと思いきやそうはいかなかった。
娘を押しのけてよじ登ろうとするので、親にクレーム付けられるかもと思いながら「滑ろうとしているんだから逆走はダメ!!!」と注意してしまった。
ぽかんとした顔でこちらを見ている。そうか、観光客ファミリーの……
近所の公園なので、観光客の方で助かった気もする。近所の親御さんに目をつけられたら行きづらくなりそう。
今日は私がバテてしまい、いつものワンオペ夜ルーティンが辛いのなんの。
娘はさんまさん(想像上)ばりにノンストップで喋るので、耳も限界。
大竹しのぶが離婚した理由がわかったような(想像上)。
4月13日(土)胃も39歳なんだなあ
午前中は娘の英語教室があり、出発時刻はしっかり把握しているにも関わらず、その時間になってもなぜか出発できず(家を出なければという気持ちに、なぜか、ならなかった)、大慌てで教室に向かうことになった。
「急いで!早くしてよ!」って、私のせいなのに娘になかば八つ当たり。ごめんごめんごめん。
時間感覚がわからなくなる、やることわからなくなる、集中力なくなる、そしてイライラする。
— やまま(娘は2歳1か月) (@yamama48) April 13, 2024
来たぜ生理前の波が
生理さえなければ割と人生楽しめそうだなー
閉経後たのしくなるかなー
でも閉経前が更年期で地獄かー
「昨日までとあきらかに違う」感覚があったので、漢方を飲み始めた。
半年前に心療内科に駆け込んでから、本当に楽になった。
しんどいときも、こうして「おお、いまやばそう」と思えるのは大進歩である。
昼は屋外で弁当。夫は出かけるというので、そのまま私と娘で実家へ。
夫婦おたがいにとって休憩の時間ができるといいのだが。
実家で久しぶりに「まともな食事」を食べたらあっという間におなかがいっぱいになってしまった。
出産前はタルト食べ放題店にひとりで乗り込み、7切れも食べられたというのに……
4月14日(日)人生哲学
実家に宿泊。
娘を両親にみてもらっている間に整体を受ける。
娘を両親にみてもらっている間にジャンプ+を読む。
いま読んでいるのは「推しの子」「チェンソーマン」「ワイルドストロベリー」「深東京」。
Prime Reading対象になっていた「殺人犯の正体」も読む。エグすぎる。
胸糞悪いにも程がある。けれど、いつかこういう話は子どもにも聞かせたほうがいいのではないかとも思ってしまう。
人間不信になるのもどうかと思うが、かといって、人をみんな信じてはならないということを、どこかのタイミングでちゃんと伝えなければ。
それにしたって恋愛感情とはなんと不便なものだろうか。
私は運良く、きちんとした方ばかりと出会えてよかった。
夫に至っては本当にきちんとしている。尊敬するところが多々ある。
娘といっしょに、寝たきりになっている私の祖母の見舞いにも行った。
もう喋れず、わずかに目と手を動かすことしかできない。認知症はすっかり進みきってしまっている。
それでもきちんと目を合わせ、手にはしっかりと温もりがある。
美を追求し、なかなかにパンチのある、友だちがいないタイプの祖母だったので、落差が激しい。
その後、以前住んでいた家のあたりを車で通った。
そのまんまのところと、変わったところと。
娘を寝かしつけたあとは、録画しておいた『生きる』を観た。
いろんなことは思ったが、結論は「いろいろ考えるとしんどいから気楽に生きよう」である。できることしかできないのだ。